Yes Second Life

セカンドライフ向けWebサービスを作ってました。このブログではVR・メタバースのことを書いていきます

文書をつくることと世界をつくることの違い

ネット最盛期の今、世の中には次々と文書が作られています。それに対しVRで作られるのは文書ではなく「世界」です。文書をつくるのと世界をつくるのでは、やり方を変えないといけません。それなのに今のメタバースはあまりにもネットで成功したやり方を真似しすぎているように僕は感じます

どういうところが真似に感じるか、まずは説明していきます

ネットはサーバからクライアントへの通信をHTTPで行い、取得した文書はHTMLにより整形されて表示されます

ネット

このHTTPとHTMLが標準化され、さらにオープンに公開されることでネットは発展してきました。仕様さえ標準化されていれば様々な製品が協調して動くことができます。サーバはApache、nginx、クライアントは、ChromeFirefoxSafariなど、色々な製品がつくられ、それらが健全に競争することで進化がさらに加速しました

それに対して、今のメタバースの仕組みをおおまかに示すと次のようになります

VR

HTTPが独自プロトコルに、HTMLが独自ゲームエンジンに置き換わっていますが、全体的な構成は非常によく似ています

プロトコル、エンジンが独自になっていますが、そこが標準化されてないのが問題だと僕は思いません。むしろエンジンの独自性が足りないのが問題だと考えています

「文書」と「世界」のコンテンツ特性の違いを考えながら詳しく説明します

HTTPで送信される文書は、テキスト、画像、動画などがあります。これらは組み合わせで面白さを強化できますが、基本的にはそれぞれが単体でコンテンツとして完結しています。よいイラストはそれだけ見ていても素晴らしいし、面白い動画はそれだけ見ていて面白いです

その場合、HTMLはそれぞれのコンテンツの並び方が指定できるくらいで十分です。並び方の指定だけでいいので標準化もそんなに難しくありません

それに対してメタバースの「世界」はそんなに単純ではありません

テスクチャや動画を単に並べただけでは世界としては不十分で、それらがどうインタラクションするかが重要です。そのためメタバースのエンジンはコンテンツの並べ方だけでなく、どういうインタラクションを付けるのかが重要になります

アクションゲームにはアクションゲームのインタラクションがあります。同様にシューティングにもパズルにもRPGにもサンドボックスにも、それぞれに別々のインタラクション設計が必要です

文書でのイラスト、動画がそれ単体でコンテンツとして成立していたのに対し、メタバースでは様々なテクスチャ、モデルと、ジャンル専用のゲームエンジンを組み合わせて初めてコンテンツとして成立します

しかしメタバースゲームエンジンサンドボックスに特化した設計になっています。メタバースでは色々できるように見えて実際に楽しめるのは数あるゲームジャンルの中のサンドボックスだけなのです

メタバースの言い分としては、ゲーム内スクリプトで色々作ってほしいということなんだと思いますが、現状ゲーム内スクリプトには1つのゲームジャンルをまるごと再現できるほどの力はありません

自分が考える理想的なメタバースプロトコルは次のようなものです

VR2

通信のプロトコルはある程度標準化していいと思います。アバターなどの情報が同一の規格で取得できることで色々な世界に同一のアバターで参加できます。一方クライアント側のエンジンはあえて標準化しないことで様々な世界が楽しめます

メタバースを社会インフラとして考えた場合、エンジンが1つのほうが都合がいいことは分かります。しかし、そもそも面白い世界でなければ人が来てくれません。面白い世界を作るのは面白いゲームエンジンです。メタバースはクリエイターが作る様々なゲームエンジンのクリエイティビティを舐めているとも言えます

ネットがプロトコルを標準化、オープン化して成功したのは、独自の仕様でガラパゴス的に囲い込む日本のやり方と比べても思想的に素晴らしいものだったと思います。しかし、ネットの成功の大きさ、思想的素晴らしさを信奉するあまり、VRに合ったエンジン構想を考えるのではなく盲目的にHTML同様1種のエンジンにしてしまったため停滞しているのが今のメタバースだと思います